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投票所に行って、何も書かない「白票」を投じるのは投票したい立候補者がいないという意思表示です。その1票にもいまの社会を変える力があります。

選挙があっても、支持したい人がいない…
白紙投票をすると、どうなるの?

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追加メッセージ 更新日時:2016年1月8日

当サイトへのご意見に「今の政府はよくやってくれているので、私はNo!ではなくYes!と言いたい」というご意見がございました。
No!とう言う対象は、政府や野党ではなく、レベルが低いと感じられる政治家個人に対してです。 政府も野党もより優れた政治家によって支えられるべきであるというのが本活動の達成目標です。 当選しても、白票の多い候補は公認を取りやめる、候補者を変更するといった方向性になることを目標にしています。

「入れたい人がいないから棄権」ではなく「入れたい人がいないから白票」に!




日本未来ネットワーク 活動者

追加メッセージ 更新日時:2015年8月17日(2016年2月9日追加更新)

妊娠中の妻がいながら、知り合って間もない女性と不倫関係(当人弁によると複数)にあることが発覚したことが原因で議員辞職に追い込まれる議員や、「沖縄で意に沿わない報道をする新聞社は経済的圧力をかけて潰さなければいけない」とか「国民主権、個人人権の保護が日本人の精神的美徳を破壊した」とか、まるで居酒屋でのおじさん達の飲み会談義のようんなレベルの見識を真剣真顔で述べる議員達(そのうち一人は株式の不正取引と未成年同性者への買春行為が発覚)、はたまた政治活動費の使途を巡って国会議員の自覚、品格を全く感じさせない傲慢不遜な物言い、態度を記者会見でみせ、それで得た知名度を利用して俗っぽい写真集を出版しお金を得ようとする目立ちたがりやの女性議員。
国会議員の質は、もはや我が国にとって危機的水準まで低下していると実感しています。
与野党問わずもっと優れた人に議員になってもらいたい。そんな国民の思いをどうしたら政党に伝えることができるのか?
私の答えは白票を投じることだと思います。白けて危険せずに、投票場にでむいてて「この中には、誰も入れたい人はいません!」という思いを白票に込める。白票が30パーセント、50パーセントを越えれば、マスコミに大きく取り上げられ、より優秀な人を政治家にするための大きな原動力になるはずです。

「入れたい人が誰もいないから棄権」から「入れたい人が誰もいないから白票」へ

この活動は、為政者たちに我々国民のやるせない思いを伝えるための一種のデモです。
みなさん、このデモに参加して為政者たちに我々の"No"を伝えましょう!
我が国の政治家の質を上げるために誰もができるできる第一歩です。

<専門家の白票についての見解です>
白票にも政治を動かす力はあるのか(http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151020-00010000-seijiyama-pol)

日本未来ネットワーク 活動者

先のスコットランド独立をかけた投票の結果、独立はなりませんでしたが、英国中央政府はスコットランド地方に対して最大限の、地方自治に近い権限を与えることでその思いに配慮を示しました。
多数決の選挙結果では勝ちは勝ち、負けは負けのルールが厳格にしかれている中で、敗者である人々の意見に配慮せざるを得なかったのは、ひとえにその投票率の高さ(選挙民の86%が投票)による民意の力です。
権力が最も恐れるのは、多数の民衆の意見です。多くの人々がいやだと言っている事を、多数を占めたからといって、押し通すことは権力の力を衰えさせることにつながることを彼らは知っています。
ですから、入れたい候補がいないとき、誰に入れてわからないときは棄権せず、"誰もいないよ!"と言いましょう!その思いを白票に込めて投票しましょう!
その声は、きっと政治家達に、権力者達に伝わります。そして彼らはその声に配慮せざるを得なくなります。スコットランドのように負けても、大きく権力の形を変える事が出来ます。

黙ってちゃダメ! NOと言おう!
"Let's say booing!"

どんな職種もそうですが、競り合うことによって自然と熱心になり、切磋琢磨されて行きます。しかし現状の政治家を見ていますと、自民党、公明党の連立与党の議員が圧倒的に有利で一人勝ちの状況です。ただし、投票率の低さからも、彼等が支持されて当選しているというよりも、支持したい人が他にいないからという場合も多いと思われます。
また与党に反対する野党に至っては、そもそも信頼できる政党たりえるのかが不安な状況で、投票するのがはばかられるような現状です。入れたい人がいないから、誰に入れていいかわからないから投票に行く気になれない。このことを気持ちとして表すと、候補者達にブーイングをするということになります。誰に入れていいかわからないのは、政治家が政治への関心を持ってもらおうとする努力を怠っているということの表れでもあります。

入れたい人がいない、誰に入れていいのかわからない、支持する政党がない、政党は支持するが候補者を支持する気になれない、この思いを政治家たちに伝えましょう。その思いを込めて、投票場に行って白票を投じましょう。
この誰にでもできる、簡単な1人ひとりの行為の積み上げが、国を動かす大きな声になります。

日本は、技術者、研究者、経営者は世界のトップレベルだと感じますが、政治家はそれらに比べてひどく質が落ちるという感じは否めません。
記者質問の場で人目を憚らず号泣したり、大臣でもあった有名女性2世議員の政治資金をめぐる対応を見ても、その質の低さを痛感いたします。
これは、自己主張やアピールによって、政治的リーダーになることが原則の民主主義においては、「能ある鷹は爪を隠す」「沈黙は金」といった風潮の我が国では、どうしても優秀な人材が後ろに控えてしまう傾向があります。その結果、目立ちたがり屋のちょっと首を傾げたくなるような人や代々の政治家系の世襲議員によって多くを占められてしまっているのが現状だと思います。
民主主義では、この国民にしてこの議員という言い方がなされます。議員を選ぶのは一般市民であるので、その意識によって政治家の質が変わるということの一表現です。

グローバル化する世界で、国家間のせめぎ合いが増してゆくなかで、国内外において、外交、経済にとどまらずあらゆる分野において優秀な政治家の必要性は、ますます高まってきています。
優秀な人材が選挙に出やすい環境をつくるためにも、既存の候補では不満なのだという民意を示すことは有効です。投票を棄権せずに、有権者が全ての候補者に対して支持する気になれないという気持ちを、白票を投じて候補者たちに伝えることで、政治にプレッシャーをかけて政治家の質を上げてゆく。そういった有権者の意思表示の仕方を市民感情の表現手段の一つに加えることは大きな意味を持ちます。市民が政治家を切磋琢磨し鍛え上げるという、これまでの"政治のことは政治家にお任せ"的な他人任せでなく、広く市民が参加し、市民が政治を、政治家を育て上げてゆくという、一歩成熟した民主主義国家へのステップアップに繋がってゆく活動であると考えております。